望月雅士『枢密院―近代日本の奥の院―』

あけましておめでとうございます。講師のたかえもんです。

年末年始のお休みも過ぎてしまえばあっという間ですね。自分は、除夜の鐘をつきに行ったり、小学生からの友人に久々に会って旧交を温めたり、初詣に行ったり、積んであった本を読んだりと充実したお正月を過ごしました。

今回は、「これ面白いな、もっと早くに読むべきだった」と個人的にヒットした本を紹介します。

その本は、望月雅士『枢密院―近代日本の奥の院―』(講談社現代新書、2020)です。

枢密院とは、戦前の大日本帝国に存在した組織で、衆議院と貴族院の上に存在する「第三の院」とも呼ばれたこともある組織です。

マニアックな題材で恐縮ですが、明治の藩閥勢力と民権主義勢力の政治的綱引きや近代化という大変革に悪戦苦闘する人々の姿が垣間見え、個人的に大変満足のいく一冊でした。(先に断っておきますが、枢密院は高校受験に出たりしないので、覚えなくて大丈夫です。趣味100%の世界です。)

さて、そもそも枢密院とはどういった組織なのでしょうか。いちおう中学生の歴史教科書に説明が載っています。教科書186ページにはこう書かれています。

「枢密院は、大日本帝国憲法で、天皇からの相談に応じる組織とされ、勅令や条約、憲法解釈など重要事項を審議しました。」

天皇から重要な事項について相談を受ける組織と言うことは読み取れますが、国会とどう違うのか判然としない書き方です。

そこを深堀りしてくれているのが『枢密院―近代日本の奥の院―』でした。

大日本帝国憲法が使われていた時代の日本では、憲法に関係する条項や法律、国際条約など国家にとって重要な事項は天皇による最終許可を必要としていました。ですから、政府がこうしたいと決めたことでも、天皇からのOKがもらえないと無効となってしまいます。

「天皇陛下、政府はこうしたいのですがOKをもらえませんか」という、政府による最終的なおうかがいを上奏(じょうそう)と言います。この上奏(じょうそう)を受けて天皇はOKを出すか出さないかを考えます。この場面で登場するのが枢密院です。

政府による上奏(じょうそう)OKを出すか出さないか、天皇が参考意見を求める組織が枢密院です。天皇が枢密院に参考意見を求めることを諮詢(しじゅん)と言います。天皇からの諮詢(しじゅん)を受けた枢密院は、枢密院本会議を開いて審議し、結論を天皇に伝えます。この枢密院から結論を天皇に伝えることを奉答(ほうとう)と言います。難しい言葉ばかり出てきて整理が大変です。整理すると↓のようになります。

上奏(じょうそう)政府が天皇にOKを求めること。

諮詢(しじゅん)天皇が枢密院に参考意見を求めること。

奉答(ほうとう)枢密院が、審議した結果を天皇に伝えること。

天皇は、奉答(ほうとう)の内容に基づいて政府からの上奏(じょうそう)OKかどうかを伝え、これが最終決定となります。

当然のことながら、現在の日本国には枢密院ありません。なので、こんな面倒な回り道はしないですみます。そう、「面倒」や「回り道」という言葉は、枢密院という組織の性質をよく言い表している言葉です。

枢密院はわざと遠回りさせることが目的に、伊藤博文によって発案された組織だったのです。

初代内閣総理大臣である伊藤博文は、大日本帝国憲法作成の中心人物でもありました。この当時、欧米諸国以外に議会と憲法を備えた国は存在しませんでした。欧米ではない国家が、欧米と同じような政治システムを運営できるのか、だれにもわからない状況だったのです。そのため、伊藤博文は慎重になっていました。大日本帝国憲法を作るということは、選挙によって政治家を選ぶということを意味します。しかし、政治的経験のない人間が政治家になって、国のかじ取りがうまくいくのかまったくわかりません。選挙で選ばれた政治家が、暴走しない保証はありません。そこで、最終ストッパーとして伊藤博文が発案したのが枢密院です。

枢密院のメンバーになる資格は、「40歳以上で、元勲練達の人 」とされます。要は、明治維新で活躍した藩閥勢力から選ばれるということです。法的な身分は天皇によって任命される官僚で、選挙はありません。

どう転ぶかわからない政党政治を見据えて、あえてワンクッションを置く装置として作られたのが枢密院でした。

さて、慎重な審議を目的とした枢密院でしたが、評判はもうさんざんです。

「遺物」「悪趣味と頑冥を発揮して憚らない」「私心を包蔵して陰謀をめぐらす」「無用の長物」

まあひどい有様です。しかも発案者の伊藤博文も、最終的には枢密院から距離を置くようなふるまいをするのですから、失敗作に分類される組織と言えます。

こんなわけで、日本国憲法には枢密院という組織の規定は存在しません。ほぼ全方面から邪魔者扱いされた組織は、敗戦と同時にひっそりと消滅したのです。

そんな微妙にマイナーな組織である枢密院の、誕生から消滅までが描いたのが『枢密院―近代日本の奥の院―』です。

マニアックな内容ですが、個人的には明治後期から昭和前期にかけての政治史を追うことができるので、興味深く読めました。題材が題材なので、万人すすめることは絶対にできませんが、その時代の政治史に興味がある人は手に取ってみると面白いと思います。たぶん。