アフガニスタン「攻撃」とイラク「戦争」の違い①

こんにちは講師の高野です。

先日歴史の授業をしていた時、ある生徒から「イラク戦争は戦争と呼びますが、その前のアフガニスタン攻撃は戦争と呼ばないのですか?」という質問がありました。これはたいへん鋭い指摘で、よく疑問に思ったなあと関心しました。ですが同時に厄介な質問でもあります。というのもそもそも「戦争」のとは何なのか、つまり「戦争」の定義が問題になるからです。

第一次世界大戦後、欧米諸国はあまりに死傷者の数を多く出したことに怯え、戦争を禁止する条約を作りました。それが1928年のパリ不戦条約です。この条約で戦争の禁止と放棄が規定されました。

しかし、確かにパリ不戦条約で戦争が禁止されましたが、実際には戦争を止めることはできず、第二次世界大戦が勃発してしまいます。戦争を禁止した条約を作ったのに、どうして戦争を止めることができなかったのでしょうか?

戦争を止めることができなかった理由は、1つだけにしぼられるものではなく、様々な要因が複雑に絡みあっています。ですが、パリ不戦条約で禁止した「戦争」の定義に問題があったことが、戦争を止めることができなかった大きな要因の1つでした。

国と国のあいだの約束事を国際法と言います。パリ不戦条約が結ばれるよりも前の時代に、国際法では「戦争」とはどういう手続きをしないといけないのかが定められていました。

国際法では慣習的に、宣戦布告といった戦争意思の表明がされてから始められたものが「戦争」と定義されていました。

つまり、戦争を始める前に「戦争を始めます!」と宣言したものが、国際法では「戦争」と定義されれるのです。

裏を返すと、宣戦布告をしなければ、武力を行使をしても「戦争」に該当しないということになります。パリ不戦条約で「戦争」を禁止しましたが、それは国際法上の「戦争」を禁止するだけのものでした。宣戦布告を伴わない「事実上の戦争」をパリ不戦条約では止めることができなかったのです。

せっかく「戦争」を違法化するパリ不戦条約という条約を作ることができたにもかかわらず、結局は第二次世界大戦が起きることを防げませんでした。なぜなら、パリ不戦条約が禁止したのは国際法上の「戦争」だけで、宣戦布告等が伴わない「事実上の戦争」は禁止していなかったからです。

こうした問題に対する反省から国際連合憲章2条4項が作られました。

国際連合憲章2条4項

すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない。

All Members shall refrain in their international relations from the threat or use of force against the territorial integrity or political independence of any state, or in any other manner inconsistent with the Purposes of the United Nations.

慣習的に定められていた国際法上の「戦争」を禁止するだけでは第二次世界大戦を防げなかったことを反省し、国際連合憲章2条4項では宣戦布告を伴わない「事実上の戦争」も禁止することにします。それが「武力の行使(中略)慎まなければならない。」という部分です。

「慎まなければならない」とは控えめな表現ですが、要は国際法上の「戦争」と「事実上の戦争」の両方を禁止することを意図しています。「戦争」という言葉を使うとパリ不戦条約での失敗を繰り返すことになりますから、あえて「戦争」という言葉を使いませんでした。その代わりに「武力の行使 force of use」を禁止することで、本当の意味での戦争を禁止したのです。

国際連合憲章は、国際連合に加盟する国が負わなくてはいけない義務などを記したものです。つまり、国際連合に加盟するものはどの国も「戦争」と「事実上の戦争」の両方が禁じられているのです。国際連合に加盟するということは、この条件を飲まないといけません。言い換えると、国際連合に加盟している国はすべて「事実上の戦争」を含めた戦争を放棄していることになります。

しかし、「国際連合成立後に起きている戦争とは一体何か?」、という疑問がわきます。この疑問への答えが、「アフガニスタン攻撃とイラク戦争の名称の違いはなんなのか?」という冒頭の問いの答えにつながります。次回は、国際連合成立後の戦争とは一体何なのかについてのお話をします。