私の読書遍歴③〜高校時代〜
塾長の佐々木です。
私が本格的に読書に没頭し始めたのは高校生になってからです。
まず、高校入試が終わってすぐの頃に、精神医学者で心理学者であるフロイトの「精神分析学入門」と言う有名な本を文庫で読みました。たしか、聖蹟桜ケ丘という駅の古本市で買ったような気がします。
この本は私の世界観を大きく変えました。人がする「言い間違え」というのは、実はその人が無意識に思っていたことで、こっちの方が本音なのだ、ということを沢山の例を挙げて解説していました。そして、この時初めて「無意識」という概念を知り、一気に人間のことを知ったような気になりました(無論、勘違い)。
また、高1の時は当時流行っていた「ノストラダムスの大予言」をクラスの友人たちと回し読みしたり、心霊関係の怪しげな本も結構読んでいました。私の影響なのかよく分かりませんが、友人の一人が「昨日、手の先からオーラが見えた」と真顔で言っていました。
とにかくこの時期は不思議なものや怪しいものが大好きで、「ピラミッド・パワー」とか超能力関係の本も読んでいました。
「ピラミッド・パワー」という本には、ピラミッドの形状には宇宙から不思議な力を引き寄せるので、ピラミッド型の入れ物に入れたものは腐らない、と書いてありました。
「ピラミッド・パワー 、すげえ!」と鼻の穴を膨らませた私は早速、家で実験を開始しました。ダンボール紙で小さなピラミッドを作り、その中にゆで玉子とちくわを入れました。二週間ほど放置したところ…、普通にヤバイ臭いを発していました(笑)
超能力に関しても。「やった。ついに念力で壁の紙を剥がしたぜ!」と思ったら、それは夢でした。
体育の時間にかなり遠くからバスケットボールをシュートする練習をしていた際、心の中で「守護霊さま、入れさせてください」とお願いしたところ、本当に入りました(ちなみに、普段は下手です笑)。今考えると偶然の結果とも言えますが、この時の私は守護霊さまがいることを確信しました。
この件を除いて、私の不思議体験はおおむね失敗したのですが、最終的には超越瞑想というものに出会い、高2の時に新宿まで行って講習を受け、お金を払って(七千円ぐらい)身につけました。この瞑想は今でも一日に2回やっています。実は、あのビートルズのメンバーも習っていた、という瞑想であることを後から知りました。
この瞑想は本当にやって良かったと思います。椅子に座って20分ほど心の中でマントラというものを唱えるだけで、心身の疲れがとれてスッキリするので、ストレスを長期に渡って貯めることがなくなりました。瞑想をする前は、日常的に疲れやすさを感じていたのですが、瞑想をするたびに心身がリセットするのを実感しています。しかも、今では当時より10倍以上料金がアップしているので、私はラッキーだったと思います。
高2の時に、市村という変な奴と友達になりました。市村はハッタリばかりをかますので、「ハタオ」というあだ名をつけられていました。でも、私にとっては貴重な存在でした。まず、高1から興味を持ち始めたフロイトやユングと言った、精神分析関係の話が出来るのは市村だけだったのです。高校に帰りに歩きながら、無意識とかエスとかリビドーとかそんな話ばかりをしていました(心理学オタク笑)。
そして、その市村から、今でも愛読している筒井康隆や安部公房の小説を次から次へと貸してもらいました。別に貸してくれ、とは一言も言った覚えはないのですが、読み終わるたびに新しい作品集を持ってきてくれるのです。
そして、どちらの作家の作品も、めちゃめちゃ面白かった!
世界観が変わった、と言ってもいいほどです。面白い、という言葉では足りません。ぶっ飛んでいるのです。二人とも、発想からしてすごい!筒井康隆で言えば、タイムマシンを作った男が少しだけ過去に戻って、「笑うなよ。たたたタイムマシンを作ったんだ」と自分が友人に言っている場面をその友人とこっそり見て笑いをこらえるという「笑うな」とか、顔が畳と一体化してしまう「怪奇畳男」とか、田舎に帰った作家が駅員たちに世にも恐ろしい目に合わされる「乗り越し駅の刑罰」とか、逃げても逃げても怒り狂ったお相撲さんに追いかけられ続けるという「走る取り的」とか、第1章で登場するキャラクターがコンパスとか消しゴムとか糊とか全員文房具で、その文房具たちが全員頭がおかしくて、宇宙船に乗ってある星に攻め込んでいく、という「虚航船団」とか(何しろ書き出しが「まずコンパスが登場する。彼は気がくるっていた。」ですからね。完璧です!)、もう、挙げればキリがないほどの想像力の宝庫なのです。
安部公房もすごかった。映画にもなった「砂の女」では、学校の先生が砂漠の村に閉じ込められて女と暮らし、最終的には逃亡を企てるが…、という手に汗握る物語だし、事故で顔に大怪我をした主人公が精巧な人間の顔を作って自分の奥さんを誘惑する「他人の顔」とか、体をすっぽり入れられる箱を作ってその中に入り世間を観察する目だけの存在となる「箱男」とか、名前を無くした男が奇妙な夢のような世界で裁判にかけられるという「壁〜S・カルマ氏の犯罪」とか、子供連れの中年男が百貨店の屋上から落ちて棒になってしまう「棒」とか、いやー本当に面白い。
市村のお陰で私は小説の面白さに目覚めました。彼は本当にハッタリばっかり言ってましたが、心から感謝しています。今はどうしてるのか分かりません。彼が「おいおい、人の名前勝手に出すなよ」と訴えてくることを期待して、あえて本名を書きました。